【取材レポ】池袋の「旧江戸川乱歩邸」がリニューアルオープン。乱歩の自筆原稿やトリック研究資料など貴重な旧蔵品を多数展示

IMG_E5357

 

名探偵・明智小五郎や怪人二十面相など数々の名キャラクターを生み出した、日本の本格推理小説、怪奇小説の先駆者である作家・江戸川乱歩(1894-1965)。その乱歩が後半生を過ごした「旧江戸川乱歩邸」は豊島区池袋に現存しており、2025年5月19日にリニューアルオープンしました。

このたびメディア向け内覧会が開催されましたので、邸宅内の様子をご紹介します。


 

引っ越し魔・乱歩が終の棲家とした旧江戸川乱歩邸

 

本人の記録資料によると、生涯で46回もの転居を繰り返したという江戸川乱歩(本名、平井太郎)。いわゆる「引っ越し魔」であった乱歩が愛し、1934年から1965年に70歳で亡くなるまでの30年以上にわたり腰を落ち着けたのが、立教大学池袋キャンパスの北側に現存する旧江戸川乱歩邸(以下、乱歩邸)です。代表作である「黒蜥蜴」や「少年探偵団」シリーズなど、数多くの名著がこの場所で執筆されました。

 

江戸川乱歩(提供:立教大学)

江戸川乱歩(提供:立教大学)

 

乱歩の没後は遺族により管理されていましたが、2002年に邸宅と書庫として使われていた土蔵、2万点以上に及ぶ蔵書や原稿などの資料群が立教大学へ譲渡されました。

2006年には江戸川乱歩記念大衆文化研究センターが発足。以降、乱歩関連資料の整理・保存、建造物を含む乱歩関連資料の公開をはじめ、日本内外の大衆文化研究の拠点となるべくさまざまな活動が行われてきました。

今回のリニューアルは、経年劣化による危機的な老朽化に対応するため、立教学院創立150周年記念事業の一環として2024年から実施されたものです。

 

リニューアルした乱歩邸の外観(提供:立教大学)

リニューアルした乱歩邸の外観(提供:立教大学)

 

もともとは1921年築の母屋に、関東大震災後の1924年に最新の耐震補強を施して増設した土蔵が付いた借家だったという乱歩邸。乱歩が移り住み、1948年に所有者となった後、2階建ての洋館の追設など度重なる増改築が行われ、内部構造が複雑化していきました。そのため、漏水やシロアリ被害等で傷んだ建材の安全性や耐久性を確保するだけでも想定以上の時間を要したそうです。

結果として1年以上にわたった工事により、このたび母屋と洋館の大規模改修が完了。当初は土蔵全体を建物で覆うなど、壮大なリフォームプランもあったそうですが、最終的にオリジナルの基本構造を生かし、建物保存の側面を強める形での竣工となりました。

リニューアルでの主な変更点として、邸宅内に展示室が作られたほか、旧書斎は乱歩が生活していた当時の空間を再現したフォトスポットに変身。また、離れを解体した跡地に旧蔵資料を保存するための収蔵庫も新設されました。(収蔵庫は一般非公開です)

 

 

展示室1

 

展示室1の様子

展示室1の様子

 

玄関から入って正面に位置する部屋が、今回新設された展示室1です。二つの洋室と物置を繋げて一つの展示室としたもので、黒や臙脂を基調としたクラシカルな内装は、乱歩作品の幻想的なイメージに通じています。

 

展示室1の様子

展示室1の様子

 

コンセプトは「作家・乱歩と人間・太郎の二つの人生に出会う場」。「江戸川乱歩と平井太郎」「作家としての乱歩」「乱歩コレクション」「乱歩、池袋に住まう」の4章の常設コーナーに加え、時宜に合わせたテーマ展を行う企画コーナーで、乱歩の文業と暮らしの様子を通覧できます。

 

常設コーナーは、デビュー作である「二銭銅貨」の草稿やその構想メモ、探偵・明智小五郎が登場する第1作「D坂の殺人事件」の草稿、自らの半生を記録魔らしい狂気的なほどの細かさで整理・記録したスクラップブック『貼雑年譜(はりまぜねんぷ)』、ミステリー作品のトリックの体系化に挑んだ「欺瞞系譜」など、ここでしか見ることができない貴重な品々が並ぶ、ファン垂涎の空間となっています。

 

『貼雑年譜』第1巻(複製)、1941(昭和16)年/「欺瞞系譜」1948(昭和23)年8月18日 など

『貼雑年譜』第1巻(複製)、1941(昭和16)年など(資料保護のため画質を落としています。気になる方はぜひ現地で!)

 

『貼雑年譜』をはじめとする展示物の多くは、乱歩の人一倍に几帳面な性格を伝えています。

たとえば次の写真は、乱歩が蒐集した江戸時代の和本のコレクションを収めていた箱の一部ですが、それぞれ乱歩自身が和本の大きさと厚みを測って専用に拵えたものです。タイトルの文字も、きちんと定規と鉛筆で補助線を引きながら丁寧にレタリングされていることに気づくと、そのまめまめしさに驚くかもしれません。

 

和本の自製箱の一部

和本の自製箱の一部

 

コンセプトのとおり、作家・乱歩の活動だけではなく池袋に住む生活者・平井太郎の暮らしを示す資料も充実しています。戦時下では町会活動に熱心だったそうで、乱歩が制作した町会費割当表や、魚や野菜の配給状況を管理するための帳面などは、乱歩が近隣の人々と確かな信頼関係を築いていたことをうかがわせます。

また、今回のリニューアルにあわせて一部の旧蔵資料も修理されました。展示では、乱歩が隆夫人とともに習っていた趣味の三味線や、夢野久作から贈られた博多人形、乱歩からのリクエストで描いたと思われる日本画家・橘小夢の役者絵などが、往年の美しい姿を取り戻したうえでお披露目されています。

 

三味線やカメラなど、乱歩の趣味に関する展示

三味線やカメラなど、乱歩の趣味に関する展示

 

なお、常設コーナーは資料保護のため、不定期で展示替えが行われる予定とのこと。

江戸川乱歩記念大衆文化研究センターのセンター長である金子明雄氏は、展示について「現在も試行錯誤を重ねているところ」だとしつつ、今後の方針について「池袋の地で社会的な生活者として過ごした平井太郎、探偵小説作家、メディアプロデューサーなど、多様な側面を持っていた江戸川乱歩の全体像を、なるべく見ていただけるような工夫を凝らしていく」と語っています。

 

 

応接間

 

応接間の様子(写真提供:立教大学)

応接間の様子(写真提供:立教大学)

 

展示室1の隣には応接間があります。乱歩が洋装の来客に対応するために自ら設計した2階建ての洋館の1階部分にあたり、天井は高く、三方の大きな窓から差し込む光が室内を明るく照らす、居心地の良い空間となっています。

乱歩が使用していたというエレガントなペルシャ絨毯や英国風の重厚な家具・調度品が配置されているのはリニューアル前と同様。在りし日は横溝正史らの作家仲間が訪れたという社交の場の雰囲気が感じられます。

 

 

文庫・展示室2(旧書斎・旧寝室)

 

文庫の様子

文庫の様子

 

邸内を奥へ進むと、乱歩作品やその関連書、大衆文化研究に関する書籍を集めた開架式の読書スペースである文庫があり、その先に展示室2が続いています。

展示室2は、かつて乱歩が書斎、寝室として使っていた続き間の和室です。もともと乱歩は土蔵に愛用の机を置いて書斎としていました。しかし、時局の悪化で暖房器具が使えなくなると、作業環境を母屋に移動。基本的にはこの和室に腰を据え、夏は座卓で、冬は炬燵で執筆するようになったといいます。

 

展示室2(旧書斎)の様子

展示室2(旧書斎)の様子

 

二間繋がった廊下側が旧書斎で、乱歩没後に行われた改築で姿を変えていましたが、今回のリニューアルにあたり当時の写真を参考に書棚が造作されました。ここはフォトスポットとなっており、実際に炬燵に座り、執筆中の乱歩になった気分で記念撮影が可能です。

 

書棚に飾られた、乱歩が座右の銘のように好んだ文句「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」の色紙

書棚に飾られた、乱歩が座右の銘のように好んだ文句「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」の色紙

極度の近視だった乱歩の二重レンズ眼鏡

極度の近視だった乱歩の二重レンズ眼鏡

 

また、晩年の乱歩は写真や映像の撮影に情熱を注ぎ、8mmカメラや射影機など最新の機材を買い揃えていました。奥の旧寝室では、乱歩が撮影した映像や乱歩が映っている映像が投影されています。乱歩の孫の平井憲太郎氏が、小学校に入学する際の様子を捉えた映像などからは、家庭人としての平井太郎の眼差しを垣間見ることができます。

 

展示室2(旧寝室)の様子

展示室2(旧寝室)の様子

 

 

土蔵(豊島区指定有形文化財)

 

土蔵の外観(提供:立教大学)

土蔵の外観(提供:立教大学)

 

乱歩邸の突き当たりの扉は、当初は書斎兼書庫として、後に完全な書庫として使われた2階建ての土蔵に繋がっています。

土蔵は2003年に豊島区指定有形文化財に指定されており、同年に豊島区より補助を受けて復原工事が行われたため、今回のリニューアル工事では改修対象外でした。
内部や蔵書類の状態を良好に保つため、現時点で一般来館者は入り口付近までの公開となっていますが、今回はメディア向けに撮影許可をいただけましたので、参考として内部の様子もご紹介します。

 

乱歩が池袋に居を移したのは、「壁が厚く窓が小さく薄暗い」この土蔵が気に入ったことが大きな理由だとされています。
入り口正面に2階に上がる階段があり、それを囲むように配された書棚には、欧米探偵小説の原書をはじめ、犯罪学や心理学、医学に関する参考書、哲学書、古典文学全集など、乱歩が蒐集した古今東西の書籍コレクションが、ジャンルごとに分類されてぎっしりと収められています。まさに、乱歩の知識の源といってもいいでしょう。

 

土蔵1階の様子。らせん状の柱をもつイギリス・ジャコビアン風装飾が施された書棚が、のちに「幻影城」と呼ばれるようになった土蔵の独特の雰囲気を演出しています。

土蔵1階の様子。らせん状の柱をもつイギリス・ジャコビアン風装飾が施された書棚が、のちに「幻影城」と呼ばれるようになった土蔵の独特の雰囲気を演出しています。

『監獄學』に『妖怪學』、さらには『勘の研究』など、乱歩の興味関心の幅広さがうかがえます。

『監獄學』に『妖怪學』、さらには『勘の研究』など、乱歩の興味関心の幅広さがうかがえます。

 

ミステリー小説本の背には図書館の収蔵書のようなラベルが付いていますが、それらは著者の頭文字を示しており、もちろん分類したがり・整理したがりだった乱歩の手によるもの。

さらに、よく見ると書籍に交じって、【エバハート「暗闇の階段」32/5/25 田中】と書かれた謎の白い板が挟まっています。聞けば、乱歩は土蔵を作家仲間にも公開しており、書籍を貸し出した際には、このように書籍名と借用者名などを記した板、つまりは貸出票を目印として逐一置いていったとのこと。……つまり、未だに「田中氏」から書籍は返却されていないようです。

 

書籍に挟まる貸出票

書籍に挟まる貸出票

土蔵2階へ上がる階段

土蔵2階へ上がる階段

 

2階に上ると、展示室1にも並んでいた和本のコレクションを収めた自製箱がズラリ。隣の書棚には乱歩の自著を保存するための箱、通称「自著箱」が並んでいます。

 

土蔵2階の様子

土蔵2階の様子

自著箱

自著箱

 

これらは乱歩が設計・発注したオリジナルの箱で、1番から順に刊行順で書籍が収められています。実は、箱は前後2列になっており、後ろの箱には書籍の予備が収められているとのこと。今でいう「観賞用・保存用」のような管理の徹底ぶりにも乱歩らしさがにじんでいます。

 

自著箱の棚の注釈

自著箱の棚の注釈

 

なお、書棚には自著箱を利用する際の注釈が貼り付けられており、もはや個人の書庫というより、本格的に図書館の様相を呈しています。

こうした他者への配慮は節々に見られますが、その理由について平井憲太郎氏は次のように話しています。

「祖父はこの家を戦後に買い取ってから、ミステリーの普及というものに大変力を入れていました。その裏には戦争中に(言論統制で作品の発表の場を奪われるなど)痛い目に遭った経験があり、ジャンルとして団結するしかない、そのためにお客様をたくさん呼びたいと強く希望していたのです。自宅を次々に改造していったのもそうした理由からで、『家族のため』と言いつつ、本当は表に見てほしくて作ったのだろうなと、資料などを見ていて思います」

 

土蔵の在り方も、単なる乱歩の几帳面な性格や蒐集癖の産物ではなく、強い目的意識が反映されたものだと考えると、その見え方も変わってくるのではないでしょうか。

なお、この土蔵は関東大震災後に宅地化が急速に進行した山の手地域における住宅土蔵の事例として、建築史的に貴重であるとともに、個人のまとまった蔵書が書庫ごと保存された極めて稀な例とのこと。そういった意味でも見どころの多いスポットといえそうです。

 

 

記者発表会では声優・吉野裕行氏による朗読劇『幽霊』も上映

 

記者発表会の様子

記者発表会の様子

 

メディア向け内覧会と同日に開催されたリニューアルオープン記者発表会には、立教大学総長の西原廉太氏、江戸川乱歩記念大衆文化研究センター長の金子明雄氏など乱歩邸を管理する立教大学の関係者のほか、豊島区長の高際みゆき氏や平井憲太郎氏、ミステリーイベント「としま乱歩フェス」の関係者が出席しました。

西原学長は「乱歩の偉業を後世に伝え、次代を担う若者たちに感性や想像力を育む場としてこの旧邸がより豊かに続いていくことを願っています」とコメント。

高際区長は乱歩の大ファンだといい、「豊島区では10年後の将来に向けてさまざまな計画を進めていますが、その中でも文化は大きな柱の一つに置いています。乱歩先生の邸宅や土蔵をはじめ、こうした文化の財産も大事にしながら、皆様に池袋の良さを発信していきたいと思っています」と展望を語りました。

 

朗読劇『幽霊』上演中の吉野裕行氏

朗読劇『幽霊』上演中の吉野裕行氏

 

また、記者発表会ではリニューアル記念として、応接間にて演出家・野坂実氏が代表を務める株式会社ノサカラボが企画・制作を担当した乱歩の短編作品『幽霊』の朗読劇が特別上演されました。
朗読劇には人気声優の吉野裕行氏が書生風の衣装で出演。約20分の劇で、音楽の演出に合わせてさまざまな役を見事に演じ分け、聴衆を作品世界に没入させました。

朗読劇の映像は、立教大学の公式YouTubeチャンネルにて、2025年6月30日までの期間限定公開されていますので、ぜひチェックしてみてください。


 

初代会長に就任した探偵作家クラブでは作家同士の親睦を深め、江戸川乱歩賞を設立して後進の育成にも尽力した乱歩が、今日の日本文学にまで及ぼした影響は計り知れません。そんな乱歩の息吹が今でも残る旧江戸川乱歩邸が、装いも新たに再出発を切りました。ミステリーファンの方は一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

 

■旧江戸川乱歩邸(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター)概要

住所 東京都豊島区西池袋3-34-1
開館日 月、水、金曜日(祝日の場合は休館になります)
通常開館時間 10時30分~16時00分
観覧料 無料(予約不要)
公式ページ https://www.rikkyo.ac.jp/research/institute/rampo/
注意事項 開館日時は変更となる場合もありますので、最新情報や詳細は公式ページをご確認ください。

 

※掲載の内容は取材時点のものです。最新の情報と異なる場合がありますので、詳細は公式ページ等でご確認ください。

 

 

<過去の取材レポート>
【取材レポ】「シルバニアファミリー展40th」が池袋サンシャインシティで開催! シルバニア村を再現した大型ジオラマや、100種類以上の赤ちゃんが大集合するコーナーは必見

「平野耕太★大博覧會」取材レポート。『HELLSING』×『ドリフターズ』の原画200点以上、少佐の演説が聞けるスポットも

【取材レポート】映画『プロメア』初の大規模展覧会「THE MAKING OF PROMARE展」が池袋PARCOで開幕!ここでしか見られないスペシャルムービーが登場

取材レポート一覧はこちら

Top